演歌

歌声が好きだから、あまりカラオケはしないけど
メロディックな演歌は好き

おわら恋しい・・・・・風邪の盆(菅原洋一)
(おばあ様が亡くなられて)

雨は野で降れ 山で降れ・・・・・トチチリ流し(春日八郎)
(流しの仕事がだんだん少なくなる)

音の出るもの何でも好きで・・・・風雪流れ旅(北島三郎)
(楽器が好きだから)

最近は「涙の酒」を歌っている。
作詞は「伊吹とおる」(別名で表記されている)
この方は三橋美智也の「東京見物」、春日八郎の「ごめんよかんべんな」など作詞された。
「涙の酒」は以外だった。弱弱しい内面を吐露すような詩は書かない方だと思ってた。
伊吹さんは、私が小学校2年の時、私の田舎に来られて、「東京見物」や「旅ゆく一茶」の楽譜をいただいた。
このとき私は♭3つのCmを覚えたと思う。
当時伊吹さんは、中野の野方に住まわれていて、叔父と伺ったことがある。
お子様二人はほぼ私と同年代。
昭和39年の作だからオリンピックの年だ。

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歌詞を読みながら、酔いどれて梯子酒となるという体験は私にはないのだが、
のんべーの叔父を思い出した。
彼は呑むと、刺身包丁を振りかざして、脅されたが、伊吹さんも、のんべーの叔父のことは知っていたはず。
この詩のヒントになっていたのかなと思ったら、泣けてきた。
歌が好きだったのんべーはかわいそうだった。結局仕事にもつけずに、49歳で亡くなった。
私は今だにチャンバラ映画は見れない。

のんべーは彼の兄のマザーコンプレックス(自分だけが母親から愛されたい)の犠牲になったのだと思う。
兄にあたる叔父は、ダメナ自分の弟を面倒見てやってるということで、
母親からの愛を独占していたかったのだと思った。
のんべーはその犠牲になったと、私は思う。

私はカラオケに行きながら、のんべーと満州で戦死した叔父のことをいつも思い出す。
二人とも歌が好きだった。戦死した叔父の手帳には、びっしり歌詩が書かれていた。

戦死した叔父の遺品の手帳
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日本の演歌歌謡曲は、
自立を促すというより、人に寄り添い、人と一体になる、
境界線をとっ払うような作用があるような気がする。

演歌ではないが、
「案山子」に親が「友達できたか、お金はあるか・・・」とぞっとするようなところがある。
この歌は<オレオレ詐欺>を助長しているみごとな歌だと思う。

演歌の世界で終わったと思えない。日本人がずーと引きずってゆく心情なのかな。

「あなた」と台本に書いてあっても、下町娘を演じるときは「ああた」という方がいいのよい」(先代水谷八重子)
ああた、という方が人に寄り添う感じが出ますよね。自我滅殺というか。

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