東洋の魔女(スポーツ社会学から)

あらた・まさふみ(新 雅史)著、イーストプレス社(¥860)は、
バレーボール競技視点でなく、スポーツの社会現象を捉えて書かれた珍しい本。
日本でバレーボールが、紡績会社など①リクリエーションとして芽生え
会社間の娯楽競技から②競技スポーツに発達し、
1964年(S39)東京オリンピックを控えて徐々に③スペクタクル・スポーツ(この言い方は彼独自の言い方)に変わったと解説されている。
キャプテンの河西さんはその全ての段階を体験されたのですね。
その後、日本国内ではママさんバレーの普及につながった。最大の遺産ですね。

紡績会社でもクラボウは、会社全体のリクリエーションに重点が置かれ、特別強いチームを作ることは避けたようだ。だがその後、どの会社も宣伝を兼ねて、競技スポーツに変わってゆく。

現在はスポーツが③段階で、プロ化して、オリンピックも商売になってしまった。
ミュンヘン1972年で、テロがあったけど、オリンピックは中止にならなかった。
ここからオリンピックは絶対中止にならないイベントになった。

当時強かった女子高のクラブチームは、日紡に負けそうになった時、
「女工に負けて恥ずかしくないか」とヤジが飛んだそうだ。
その翌年、日紡が勝って、「女工に負けて悔しいか?」と言いに行ったという時代でした。

戦後まだ、靴も履かず、半分ずつ履いたとか、当時の選手に伺いました。

画像


日紡貝塚とたぶん倉紡倉敷の対戦(昭和38年頃)だと思う
日紡は左からエースの宮本、セッターの河西、後ろにアタッカーの磯部、右端にクイックの半田

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