9人制を楽しむ集い 冬大会

2月19日(金)45回目の大会
オリンピック記念青少年スポーツセンター
9:00~17:00
画像

15年間、年3回やりました。
今回の参加18チームは
Aブロック(砧、ゆう、Wing,Tanpopo,Ivy,じじばば)
B(明日香、メビウス、まいはま、Rainbow,横浜コスモス、千代田)
C(田中、SAC,水曜会、仲良し、ヒルズ、若草会)

前回の報告と思い出

第44回九人制を楽しむ集い 秋大会
(15-1027:オリンピック記念青少年スポーツセンター)
18チーム、3コートで2セットマッチ21点先取(ジュースなし)で27試合
成績は以下のとおり(別表参照)

A 1砧  2Wing 3ゆう  4Tanpopo 5ビウス 6コスモス
B 1ジジババ  2浦和さつき 3若草会 4まいはま  5Rainbow  6 ヒルズ
C 1あすか 2菜の花 3田中 4千代田 5水曜会 6SAC


42歳の時、佑さんに中村高校へ連れて行ってもらい
当時もう40~50歳代で元全日本に選抜されたことのある、そうそうたるメンバーの
『おじやんおばやん』会を知りました。
1960年前半まで盛んであった9人制バレーボールで最高の技術を待った方たちの
月1回のお集まり
雑誌や専門書でお名前を覚えた方たちばかり
(以下敬称略、お名前を思い出せない方はニックネームで)
女性は立川、逸見、河西、堀江、昼間、うさちゃん、西、エッグさん、近藤、ゆうさん、本田など
男性は日野、岩田、古我、安田、横田、清水、和田、石曽根、小林、西原、中村袈裟人(けさと)、吉見、出町、市川など

本当の9人制をみて、ビックリ
まずツーで攻撃することを考えている(パスがトス)
ツーできないとき3回使う
ジャンプトス、リバウンド、ネットプレーなどネットが3枚ある感じでした。
ワンタッチ後も必ずトス(2段トス)に
これですっかり9人制のトリコになってしまいました。
ラリーが続くので、次はどうなる?どうするのかな?とストーリーを描きながら、ほんとに楽しかった。
砧のさんぺいさん、世田谷クラブのたまちゃんなどのプレーを見に行ったり
市川さんに、関東大会に出ている神奈川中央交通、山梨中央銀行、群馬銀行、石川島播磨などのゲームを一緒に見てもらい、解説をしてもらいました。
実際の練習方法などは、ゆうクラブに行って練習を見学したり、ユウさんに私のチームのご指導をお願いしたりしました。
このバレーをママさんに見てもらいたくて、中村高校にみんなでおじゃましました。
私がかかわっていたチームが力をつけ、大会で優勝するようになり、
優勝させてもらってばかりでは困るな、と思ってとうとう大会を開くことになってしまいました。

「友の会」の倉治さんはじめ、千葉先生の教室の方に大会の開き方を教えてもらい、
SACのメンバーにお手伝いをお願いして、
2001年7月第1回の大会(ジジババ杯)が開けました。

年3回で、とうとう44回になってしまいました。
強打でなくても、ツー攻撃や、ジャンプトス、リバウンド、ネットプレーやタイミングをずらしたりして相手フォワードをネット際にくぎ付けにしておいて、ブロック(ストップ)が空いたら、バックを突くというジジババのバレーは、パワーや体力のないママさんにも参考になると思い大会を続けてきました。
最近のママさんは、皆さん6人制を経験しており、パワフルで、6人制ぽい9人制を展開しているチームが多くなりました。

ママさんバレーの発祥は渋谷の「ハチ公クラブ」で堀江さんなどを中心に発足したようです。
東京オリンピックの優勝を機に全国的なムーブメントになりました。
(私は今だ毎週1回は東京オリンピックの日ソ戦を見てしまいます。9人制のヒントになるいいプレーがたくさん発見されます。どうやってこのプレーを獲得したのかな、などと連想を広げて楽しんでいます。河西さんとは9回中国に行きました。その中で背の高い中国チームに対して砧が一番善戦しました。)
ママさんは仕事をしながら、お子さんや家族の世話の合間に、時間を見つけ出してバレーボールを愛してる。
家庭婦人連盟の審番講習会が毎年あり、それを受けたママさんのおかげで、大会がスムーズに進められ、大変助かっています。
「○○さんの奥さん、○○君のお母さん」と呼ばれていたのにバレーを始めたら、自分の名を呼んでもらえた、とその感激を文集に書いていただいたママさんがおりました。
(2003年文集『私とバレーボール』を出しました)
若い時とは違い、一度に大きな飛躍も、理解も進まないかもしれませんが、長く続けることで思わぬところで喜びがあり、出会いがあったりします。
ぜひ怪我のないように、長く続けられて欲しいと思います。

《以下思いつくままに》
CPV(coaching,playing volleyball)という隔月誌があります。6人制を中心にいろいろな論文が発表されています。筑波大の栃堀氏を中心に発足したバレーボール研究会での機関誌です。
9人制に関する研究資料は少なくなりましたが、6人制の記事でも9人制に置き換えて考えると参考になります。9人制につて最後に投稿されたものは、神奈中を指導された元日本鋼管の浜田氏のものです。

ジジババは一時、2年ほど、中村高校の改築で浅草橋の古い小学校の体育館を使いました。
ボールが低い天井の鉄骨に当たり、その中を通り抜けるボールを追いかけてでも、繋ぎあってバレーを続けました。ほんとにみんなバレーボールがしたかったのです。

第1回の大会の直後、市川さんとゆうさんが岡谷工業にご指導でいかれるのについてゆきました。
まだ越川君が2年生でした。お二人の話を聞く彼の目の色が全く違っていましたね。
帰り浅間の鬼押し出しに寄りました。突然の夏の驟雨で視界は真っ白
我々は岩場の避難小屋のようなところ雨をしのぎました。
お二人が、私の大会のことをいろいろ話題にして、次回に繋げられるように論争しているのを背中に聞きながら、私はとても幸せな気持ちになりました。子供は自分のことで両親が喧嘩していても、自分の事を気にかけてくれていると思うと、きっと愛されていることに幸せを感じると思います。

9人制バレーボールは初期のころは16人制で、途中サーブ中継もOKというルールもあったようです。
ネット面をも使い、コート面以外にも有効空間を広げて、狭い日本でも楽しめるように今のルールに発展してきたのです。タイムとメンバーチェンジで最低5回は相手の連続得点を阻止できるというのも、ぎりぎりのいいルールだと思います。(連続得点を2点なら6か所、3点なら4か所以上取るとセットをとれる可能性があります)

「9」で思い出されるのは、日本国憲法第9条
人類が3百万年前アフリカから歩き出してやっと到達した「戦争、これを永久に放棄する」
とうたいあげたのは、世界ではまだ我々日本人だけ。スペインのカナリア諸島にこの第9条の記念碑があるそうです。ノーベル平和賞をいただきたいですね
平和だから、人口の割合からしても、ノーベル受賞者が多いのです。

以前は大会参加者の名簿を作っていたのですが、若い女性の名前は漢字変換が大変になりました。全部ひらがなにしたこともありました。
漢字に頼りすぎると元の意味が分かりにくくなりますね。
日暮里(にっぽり)、登戸(のぼりと)、登尾(のぼりょう)が同じ意味を持っていることは見抜けないです。
母音変化(a-i-u-e-o)と子音変化(p-b-m)を考えると連想がつきます。
Nippori画像


Who’s who上から(敬称略)    
いしぞね、よこた、でまち
こばやし、やすだ、よしみ、もり
うさちゃん、たちかわさん
わだ、ゆうさん、いちかわ

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